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共同代表 佐藤まゆ子

私は2009年に休職し、復職できず退職して今に至ります。外出は月数度がやっと、徒歩移動は困難で2012年から電動車椅子を利用しています。2010年に「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)疑い」診断がついたものの、専門医を受診したのは2011年。その時はじめて予後(今後の見通し)を知ったのです。

「恐らく2007年のはしか罹患時が発症」で「発症4年で週に1度の外出もできない現状だと、回復には数年かそれ以上がかかる見込み」であること。
「もっと安静にしていれば回復したかも…」それまで予期不安を持たぬようあまりME/CFSの情報を調べずにいたことを、少しだけ後悔しました。


幸い家族や友人、かかりつけ医の理解に恵まれ、療養に専念できました。
しかし社会保障制度の知識もなく、役所や年金事務所では担当者ごとに説明が違い、当時はME/CFSでの障害年金受給事例などの情報も少なく…。少し動くだけで激しく消耗し具合悪さが襲う中、社会保障などの情報を探し手続きを進めるのはとても大きな負担でした。


その後、SNS等で他の患者さんと知り合う機会が増え、他の方も同じように情報収集に苦労していることを知ったのです。ご家族や職場の理解が得られず、無理を重ねて悪化している方が多いことも。

ME/CFSの研究進展・医療福祉環境の改善のためには、さらに声をあげねばならない。しかしこの病気自体が「動くと悪化・重症化する」ために、患者さんは動けずにいる…そんなジレンマを目にし、

・患者さんにも周囲の方にも、わかりやすい情報を手軽に
・家から出られない患者さんでも、簡単に参加できる(啓発)活動を
さらに、
・ME/CFSになっても、患者さんが自分の人生を大事にできる環境を

小さな活動ではありますが、患者さんと関わる人々とが、さらに希望を持って生きることができる世の中にできるよう…そんな気持ちを忘れずにいたいと思っています。


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共同代表 早川 八栄

私の場合は大学を卒業してから約2週間後に、咳を伴う高熱が出たことが発症のきっかけでした。高熱は下がったものの、何となく体の調子がおかしかったり、名前が覚えられない、仕事の段取りができないなどの思考力や記憶力の低下の症状が出始めました。

その後、微熱・ 関節痛・筋肉痛・起立不耐・めまい・アレルギーなどの症状がありましたが、病院では精神的なものと言われ、パニック障害・身体表現性障害と診断。約10年間治療を続けましたが症状は悪化していきました。

「一般的な検査では異常がないこと」がME/CFSの特徴のひとつですが、私の場合もドクターショッピングをくり返し、ME/CFSの確定診断を受けた時には、発症してから15年以上が経過していました。


患者の苦痛のひとつは、家族をはじめ、まわりの人に理解されにくいことだと思います。これは同時に、患者の家族の苦しみでもあると思っています。

私自身、ME/CFSと診断されるまでが長かったこともあり、なかなか家族に理解してもらうことができませんでした。ME/CFSと診断されてからも、どんなふうにしんどいのか・どれほどしんどいのかなどを理解してもらうまでには長い時間と努力が必要でした。

一緒に診察室に入って主治医の話を聞いてもらうことからはじめ、数えきれないくらい喧嘩をし、少しづつ理解してもらえるようになりました。小さなことの積み重ねでしたが、一緒に暮らし、理解を求められる方も本当に苦しかったと思います。


『 Action for ME/CFS Japan 』という団体名の「Action」には、「その人その人ができるかたちで行動をおこす。それはどんなに小さなactionであっても大切な一歩 」という思いが込められています。

一人ひとりの小さな「action」が、ME/CFS患者が生きやすくなることにつながり、患者や家族をとりまく環境を変える大きな流れになることを強く願っています。